きずだらけの人生

きずだらけの人生

 

特に何かを言いたいわけでもわけでもないし、むしろ何も語らずに消えるが今の自分には最高の治療法なのかもしれない。だけど、そんなの納得できるほど人間できているわけでもない。

 

未練と憎しみと虚しさと孤独感、疎外感に支配され苦しみ続ける。それをどこにぶつければいい?世界が変わらないのなら自分が変わればいい?言うだけなら簡単、それができないから苦しんでいる。

 

仕事しているとき以外は慢性的に気分が滅入る、かといって仕事が順調でもない。誰のせいにするわけではないが無力感と自己嫌悪に蝕まれる。脳みそと肺が何かに締め付けられる感じが何時も付きまとっている。

 

なぜ煙草と酒に関して高級なものを選好するのか?これら嗜好品に何らかの意味を与えて摂取することで乱用中毒を防いであるのである。それもそろそろ限界だが。

 

気分転換をすればいい?酒・たばこ・いかがわしい店・ゲーム・インターネット・車…何をやってもだめだ。真面目系屑なので中途半端に気分転換できない。無能はいつの日も苦しい。

 

なんでこうなるかはわかっている、自分の評価軸を形成できなかったからだ。その面では脳に欠陥があるのだろう。自己卑下で何かが改善するわけではない、でもそれを捨てたらもはや生きていくこともままならない。自分のことを客観的に見ることができているとという薄っぺらい傲りに縋りつかないと生きていけない、それほどまでに追い込まれている。

 

いつか、心の闇が晴れてくれる時は来るのであろうか?時間が解決する案件ではないとは思う。それまで、もしかしたら死ぬまで、この漫然とした苦しみにじわじわと首を絞め続けられるのであろう。

 

打開するには遅すぎたのかなぁ…なんでこうなってしまったのか…一度ひびが入ったら二度と使えない…。漫然とした苦しみ、病名のない苦しみが…砂漠の砂が人の皮膚をじわじわ蝕むがごとく、心が壊れかけていく。

S6126 ~61代日野最後の生き残り~

S6126 ~61代日野最後の生き残り~

S6126...正確には「仙台230あ61-26」のことで、日野U-HU2MMAAです。1993年に南仙台に新車で配属、その後は閖上、霞の目、岡田、新寺…と所属を変えていきます。この車両は東西線開業後我々バスオタを奔走させた(笑)みんなのアイドルです。簡単な経緯はこちら…

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まぁぶっ飛んでます。加えて日野生き残り組三人衆の一人でもっとも長く生きた奴です。この三台に関する記事はこちらで…ぜひ! 

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私の記録に登場し始めるのは新寺所属の時代からです。初めて会ったのは2014/12/26の21:00。光のページェントの終盤の夜の岡田車庫跡です。

 

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もう勘のいい人はお分かりだと思います。「J303系統、南高屋敷直行の北一迂回」という大変ヤバい系統に乗った時です。そして翌年の12月は岡田車庫からの駅前直通は消滅している。最後の最後に運行された北一迂回J303のときです。余談ですが、この時あたりから303系統大好きマンになります。

 

それからは、S6128やS6122とかとは違いそこまで気にかけることなく例の改正を迎えました。実沢送りになり、「保留車」の紙を貼られてぎゃらりぃ様ことS6157と一緒に端の方に長い間留置されていました(2016年2月頃のこと)。

 

そしてしばらく忘れていたときに突如…

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マジかよ…川内のステッカーつけた日野ツーステが再び誕生という衝撃(このころはS6128は実沢でまだ寝てた)。私以外の人も同じ気分だったと思われます。

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今庄青果の看板が消えてますが、確かに復活しているんですよ…。めぐりあわせが悪く中々乗る機会がありませんでしたが、二ケ月後にようやく大國行に割り当てられた際に乗ることができました。

 

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ブルーリボンでみやぎ台…違和感マックスバリューって感じです。こんな感じでしばらく白沢で走ってたんですが、離脱車が復帰したのかなんかで実沢に戻され、今度は七北田に転属し教習専門の車両になりました(画像は悲しいことに無いのです…)。

 

年が明けて2017年、とうとう七北田から実沢に戻され、車検ステッカーが[2]なのでナンバー切れを待つ日々に戻りました。まぁ今度はないだろうなぁ…とか思ってたら…

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61代なのに車検通して延命させた上に犬ステッカーのまま白沢に正式に転属させるというあまりに想定外の事が起こってしまいました…。これほどのイレギュレーな事態は今後ないレベルです。結構、頻繁に動いていたのでこれぞチャンスとばかりに…

 

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別の記事でも書きましたがツーステブルリ畑前北という非常においしい組み合わせを味わえました。

 

今後も白沢で活躍していくだろう思っていました。しかし、某日S6128の最後の姿を拝もうと実沢に足を運んだところ、幕が抜かれて端に留置されているS6126の姿を見てしまいました…。ナンバーは切られていないので保留車扱いに戻ったのでしょう。

 

今までのように奇跡の再度復帰をすることを願い、そしてS6128に最後の別れを告げつつ、実沢を後にした。

 

Fin 

S6128

S6128

S6128...正確には「仙台230あ61-28」のことで、日野U-HU2MMAAです。1993年に閖上出張所に新車で配属、その後は南仙台、霞の目、東仙台…と所属を変えていきます。

 

何でか知らんが気になる…というか好きなんですねこの車。ここまで以上に執着した車は今までないし今後も登場しないでしょう。とうとうお亡くなりになられた模様なので、今まで撮影したのをまとめていこうとおもうね。文章がついてますが、めんどくさい人は画像だけ見てもらっても十分面白いと思います(むしろその方がいいと思う)。

  

私が最初に見たのは東仙台所属の時代からです。

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初めて会ったのは2015/02/02の日没迫る午後16:55。今は亡き東仙台(営)始発の70系統の割り当たった時でした。ここで当時はふそう信者であった私はヒノノヨロコビを知ることになります。この系統は空気輸送系統なのでR4とR45と卸町ぶっ飛ばして狐塚に向かいます。このときの快走感とエンジン音の良さに衝撃を受けました。ただこのときは、S6128である必要はなく、単にU-HUもいいなぁくらいの認識でした。

 

次に見かけたのは所属を新寺に変えた後の事でした。

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薄暗い朝焼けの中、南高屋敷方面から颯爽と登場してきました。このS303系統は朝の6時台岡田車庫発というかなりのレア系統です(取材のために自家用車でここまで来ました)。このころからふそう原理主義者を脱退し始めてヒノノバスンにも傾倒し始めていたころでしたので、あたりだなぁと思いました。

 

今度は卸町会館前で撮影した時に出会いました。

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この時期はまだ授業を真面目に受けける大学生のような何かだったので、日程的に狐塚始発の東口行の系統を撮影できる最後のチャンスでした。その状況で来てくれたのがこの車で、このころから「君、要所要所で必ず僕の目の前に姿見せるよね?」とか思い始めました。

 

因みにですが、この場所でS6128に加えてS6122とS6126も撮影していました。この三台が生き残り組になり、後に白沢川内のアイドルになろうとは想像できただろうか…。

nishinomoniwahira.hatenablog.com

それに関する記事はこちらで…ぜひ!

 

話し戻して新寺所属として最後に見かけたのは、霞の目(営)で早朝撮影していた時のこと。

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このときも同じく日程的に早朝の霞の取材ができる最後の日でした。新寺からわざわざ回送してきて今は亡きJ350系統に充当していたときの写真です。「乗ってね。」の看板があるおかげで印象に残りやすかったから「またこの子か…よく会うなぁ…」と思い、このころからなんとなく気になり始めていました。

 

そして、例の大改正を迎え61代までの古参車の多くが実沢送りになりナンバーが切られました。S6128もそのうちの一台になるはずであった…しかし何の運命か、「保留車」の紙を貼られてぎゃらりぃ様ことS6157と一緒に端の方に長い間留置されていました(2016年2月頃のこと)。

 

年度明頃にぎゃらりぃ様と同じく保留車だったS6126が、運用離脱車補充のため復活します。このころから古参車が次々復活しはじめますが、S6128だけは実沢の端っこの方で沈黙を守り続けます。新寺ステッカーを背負った最後の一台として…。

 

2016年度下半期の頭頃、その沈黙がとうとう破られました。

f:id:nishi_no_moniwahira:20170325221821j:plain川内の教習専門車両として復活を果たしたとの速報が流れました。このとき「何が何でも撮影しなければならない」と誓ったのです、何でかは知りません。とにかく西口BPで4時間くらい待機して稼働している姿を見た時「やっと来てくれましたね…何もしなくてもしょっちゅう姿を見せてくれた君はどこ行ったのかね!11!!!1」なんて思いました。

 

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今は伐採されたケヤキとのツーショット。太陽に照らされるウィングマークが一際美しく心に映った。なんぼしても乗りたい…と思ったが、教習専門なのでおそらく通常運用には入るまい…そう思っていました。そしたら教習が一通り終了したとき、白沢に貸出されたと情報が入り、そしてついに…

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雪の降る1月、野上かみ帰りに西口BPをふら付いている私の目に前に突如姿を現しました。時刻的にたぶん茂庭台行だろうと予測し待機したらビンゴ!西道路快走!あの日あの時あの場所(R4・R45・卸町)で味わった快走をようやく再び味わえたのであった。

 

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猛烈に吹雪くなか、そのボディは濡れ美しさが際立っておりました。この時、「たぶんこの車のこと好きなんだろうなぁ…」って思いました(写真は許可を得て)。帰りももちろん!

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白沢に貸し出されても依然として川内ステッカーのままでした。この後も折立団地のきつそうな坂を踏ん張る姿を体全体で味わいつつ、再度西道路経由で仙台駅に戻りました。こんな感じで、まぁ白沢で最後を迎えるだろうとか思っていたら川内に戻ってしまいました…。ああぁもう乗れないのかぁ…と悲しみに暮れていたんですが…

 

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なんか普通にいました。また白沢に貸し出されたのか…と思ったが幕を見るとS825…西中山から来たらしい…。そう、本物の川内として運用入り!!こんなもん乗るしかないだろ!ということで...

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川内ツーステブルリってだけで頭おかしくなるってのに、S6128で子平町の狭路を行くとかいう大変ぶっ飛んだ運用でした。

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無論一周完乗しました。その後は回送でどっかにいってしまいました…。まぁもう会えないだろうなぁなんて思って補給がてら川内に行ったところ…

 

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なんかまたいた…。雪でできたカツラは溶けてしまい、幽かにボディを濡らしていました。「水も滴るいいブルリ」とは先人もよく言ったものです。幕も経路は違えど最初に出会った時と同じ「70系統」!

 

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そしてもっとも川内(営)らしい幕を掲げたブルリは回転場に入り川内(営)へと戻っていきました。

 

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その後もフォロワー様の目撃証言を頼りに何度か見かけることができました。まったく!似合わない幕を掲げながら走ってるなぁ!

 

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とはいえそうそう動くものではなく、川内として運用入りしたのは2回だけだったような気がします。その後はまた引きこもりになり、いつの間にかまた白沢に貸出になりました。今回はS6126が車検を通してバリバリ活躍していることもあり、その姿を見かけるのは少なかったです。

 

そんなこんなある日の夕暮れ、S9902に乗って駅前から錦ケ丘にやってきて帰宅しようと待機していると…

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流石にここで来るとは思わなかったものでたまげました…運命ってあるんだなぁっと。

 

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夕日に照らされたウィングがギラリ。ヘッドライト内で反射した光がまるでダイヤモンドの輝きのように見えました。素晴らしい。

 

それから数日後の3月冒頭、またしても現れてくれました。

f:id:nishi_no_moniwahira:20170325235450j:plainしかし、そこから1時間は全く動く気配なし…。さむいつらいのを我慢し…

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ついに川内ステッカーを掲げた車で大國に行く夢までもをS6128は叶えてくれたのです。八幡町・芋沢を出会ったころと同じように良いエンジン音を奏でながら快走してくれました。みやぎ台の坂がきつそうなのもご愛敬。

 

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 川内ステッカーが大國神社に降り立つとか今となればいたく感激です!

 

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折り返し運行ではなかったので帰ってしまいました。その後ろ姿に「本当にこれで最後かもしれないな」という気持ちを抱かずにはいられませんでした。S6128の車検ステッカーは[5]、せいぜい4月までしか持たないだろうと予感はしていました。案の定この乗車が最後の乗車になりました。

 

この後川内に戻り再び教習専門になりました。私もその姿を山形行のバスの中から一目見ることができ、その姿を目に焼き付けておきました。そして…

61代のなかでも生き延び続けたS6128もとうとう幕が抜かれてしまい実沢へと移動し留置されることになりました。要所要所で姿を見せてくれたことに感謝し、最後の別れを告げること「だけ」して、私は実沢から去りました。

 

以上です、長々書きました。なぜここまでなったのかわかりません。おそらく私のメインの生息地である「閖上・南仙台所属組」という経歴、「ウィングマークにフリーサス髭」や「乗ってね。」の看板が印象に残ったなどいろいろあるとは思うのですが、それ以上に「追っかけているうちにいろいろ思い出ができたから」ってのが一番なのかなぁなんて思います。もうここまでする車は現れないでしょう、一台の車で何枚画像あるんだって話です。乗ることも撮ることも十分できたので悔いはないです。愛しいS6128よGood Night…!

 

Fin

 

 

 

61代日野生き残り組

61代日野生存組

 

本来57~62代...即ちU-代は東西線開業を機に全車両廃車というはずだったが、まぁ大人の事情で62代のほとんどと一部の61代が生き残ることになりました。そのうちの日野の61代は3台が生き残り組になりました。S6122・S6126・S6128の三台です。実は私はここに因果のようなものを感じています。

 

東西線開業迫る2015年11月下旬の事、私は系統マンとして廃止系統の一つ、狐塚始発の東口行(310系統)の撮影のために卸町会館前で粘っていました。

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最初にS6126のJ310系統が来ました。この時は「そういえばJ310系統の始発幕は撮影してないなぁラッキー」程度にしか思いませんでした。

 

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次にS6122が来ました。来ることを想定できなかったのでかなり驚きました。当時は完璧な引きこもり番長で、コボスタ臨時か東北大臨時でたまにしか動くことはなかったと記憶してます。これもたぶんコボスタ帰りでしょう。

 

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最後にS6128が本命の幕を掲げてやってきました、嫁です。因みにこれで始発幕です。

 

この通り、1日で後に61代日野生き残り組全台に出会いました。15:55~16:08…たかが13分間の間に出会ったこの三台が後に生き残り組になるとは当時は思いもしませんでしたね。因果を感じてもいいと思うでしょ?

 

②時は1年以上たった翌々年の3月上旬、BPでバスマンしていたところS6126がログインしたので…

 畑前北行ったことなかったし行くかぁ…って感じで行ってきました。

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畑前に犬ツーステブルリというぶっ飛んだ組み合わせでした。運よく回送でどっかに行くわけではなかったので、帰りも…

乗って帰りました。ツーステブルリの青野木・赤坂快走を味わったのち仙台駅西口BPに到着。帰宅しようと思ったところ…奴がログインしたので…。

 畑前北帰りのあとに大國行くというなんとも言えないことをしでかしました。

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川内ステッカー車が大國神社に行くのは何年ぶりでしょうか?甚く感動しました。残念なことに回送でどっか行ってまったので帰りは違うバスで駅前に戻りました。

 

朝っぱらからバスマンして畑前北と大國行っていたので飯など食えるはずもなく、電力ビルで降車し広瀬通のラーメンパンチで遅い朝飯を食べていました。そうすると広瀬通で766系統の幕を掲げたS6122を見かけます。「16時台の生出橋行は確か…18時代の直通西花苑行…乗るしかないじゃなぃ…」という感じになり、ラーメンを飲み物の如く食してBPに向かいクソさむいなか待機しそして…

 はい、乗りました。ツーステブルリ西道路を予見できるのに乗らないというのは選択肢にないのですね。

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西花苑到着後は回送でどっかいってしまいました…。

 

この通り、1日で61代日野生き残り組全台に乗りました。そして、このあとS6122とS6128がお疲れさまということとなり…S6126も…。

 

そんなこんなで節目節目でこの3台まとめて出会ったり乗ったりしたわけです。何かの因果を感じずにはいられないというわけです。最後の生き残りS6126の今後の活躍、期待したいですね!

 

Fin

静かなる炭鉱の島、池島

静かなる炭鉱の島、池島

 

どうやら卒業できる模様なので、先日卒業旅行に行ってまいりました。普通に王道な場所にも行ったのですが、それでは面白みがないということで同行者5人を道連れにしつつ合法かつ安全に廃墟探索に行きました。

 

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行った場所は長崎県の「池島」です。行くにはフェリーを使わないと行けないのでまずは港に行きました。神浦港で行の切符を購入。

 

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乗客は私たち以外にも二人ほどいました。この島は完全な無人島というわけではなく、人が今でも住んでいる。20分ほどフェリーにゆられると見えてきました、池島です。

 

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稼働しているようには思えない静かな工場のようなものが見えてきました。この雰囲気だけで興奮です。

 

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入島して早々、ナンバープレートを発見、登録はとうの昔に切れているだろう...

 

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我々を迎え入れてくれたのは一隻の船のみ...

 

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かと思ったら猫がきました。「俺の島に何の用だ」と言わんばかりの表情。ごめんねすぐ出ていくからちょっとだけお邪魔するね。

 

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私たちが上陸した時は雨が降っていました。まるで島が悲しみで泣いているよう...

 

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山の表面に立ち並ぶ、かつて動いていた施設群...

 

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目的の居住地群に行くには坂を上る必要があります。坂の上には役所の出張所と簡易郵便局があり、そこを抜けると…

 

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現れました…まだまだ序の口です。

 

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人通りのない通り...

 

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人の管理を離れ、放置される人工物は...

 

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自然に返ろうとしているのだ。

 

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周りには明るい自然の姿、朽ちる人工物の儚さを際立たせる。

 

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そのエンジンが唸ることはもう二度とない...

 

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物悲しいものだ。

 

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さて、本当の目的に向かってすすむ。こごですね…目的の場所は…。ここから見ると四階建てくらいのマンションのように見えますが...

 

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ここのようになっており8階建て位の高層マンションになってます。建設当時エレベーターがなかったので島の高低差を利用してエレベーターの代わりになるものを作ったのですね。さて、迂回して下の道路に向かうとそこには…

 

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コンクリート造りの高層マンション群がずらりと...

 

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見上げると圧倒的迫力、その中に一種の哀愁も感じる。

 

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我々は言葉を失った。美しすぎるその風景が衝撃過ぎて何も言えなくなった。

 

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マンションの中心付近の広場にはコミュニティバスが待機。実はこの島にはコミュニティバスが現役で走っており、このマンション群始発で行政支所経由して港まで運行している。料金は大人100円。徒歩では帰りの船に間に合わなくなりそうだったのでみんなで乗車。バスマンとしては乗らないわけにはいかないですし()

 

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港までは10分ほどで到着。運転手さんは優しそうな人でこの島の事やほかの旅行者の事など話してくださいました。さっきの居住地群を経由して港に向かうので、車窓から見える風景もほかのコミュニティバスでは絶対にありえない風景を楽しめた。

 

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帰りの切符を島で購入…

 

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 港からの便が出るころには天気が回復して晴れてきました。我々を見送るかの如く…。

 

 

またいつか...。

 

 

 

んな感じで見てきました。公道は整備されているので悪路と戦うことなく雰囲気を楽しめました。面白いのは上陸した時喜んでいたはどっかのアホ(わたしです)だけで、ほかの人は「寒いぃー」とか「雨降ってるよぉー」とか言っていたのに、高層マンション群を見たら無言になり無心でシャッター切りまくっていたことですねw。他の人も魅せられたのです。それだけあのマンションは圧巻なのです。またいつか見に行きたいです。今度は炭鉱ツアーもあらかじめ予約して、もっとじっくり池島に触れてみたいです。

 

Fin 

 

 

 

 

浮世など一時の暇つぶし

浮世など一時の暇つぶし

 

テレビから「そなたはクマモンであるのだ」という謎の文言が聞こえてくる。クマモンってなんだ…睡眠不足系かわいい女の子かなにかか。つぎに「それは特別なことだと、誇りに思え」と聞こえてくる。睡眠不足が誇りなのか…日本らしいなぁと電源のついていないテレビに向かって感嘆の言葉を吐く。
 
これは祖父からの遺伝なのですが、漫画やテレビの結論って大体推測がついてしまうんですね。推測がつかなくても大体予想の範囲内のことに収束する。そこら辺の酔っぱらいの言動の方がよっぽど予測ができないです。
 
ほかに暇つぶしの方法がないわけではないわけではない。三重否定なので「ない」のですね。一般に2n重否定は肯定の意、2n-1重否定は否定の意味になりそうである。ではLog2重否定は何になるのか。Log2は大体0.3なので0重否定からちょっと多いくらいなのでおおむねあってるけど微妙に違う淡い青春を表していることになるんですね。みんなも明日から「Log2重否定」を使おう。
 
さて、ファミコンでもして暇をつぶすのだ。
 

 

山交バス肘折線で行く肘折温泉の旅 おまけ

山交バス肘折線で行く肘折温泉の旅 おまけ

前の項目ではバスのこと書きましたが、ただバスの事だけ書くというのもあれなので、ここからはバスに関係ないことを書きます。前の記事読んでいない人は読んでみてね。

 

nishinomoniwahira.hatenablog.com

 

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48ライナーで新庄駅に着いて約1時間時間が余ったので駅前ふら付いてました。駅前通りにたこ焼き屋があったのでそこで昼食。ダシの利いたおいしいたこ焼きでした。

 

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 県立病院前に行く途中にスーパーがあったので寄ってみました。スーパーの中に薬局や花屋などが併存する昔よくあったスーパーって感じで懐かしくなりました。特に下の2つを見ることができたのが感動でした。

 

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 「じゃんけんくん」と「呼び込みくん」です。すごく久しぶりに見たので感激でした。適当に時間をつぶして県立病院前へ行きバスに乗りました。

  

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 さて、バスで到着したのは13時45分頃、バス撮影しても1時間はあまる。んではせっかく来たということで温泉にでも入りましょう。

 

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選んだのは「丸屋」という宿の日帰り温泉です(流石に館内の写真は撮影できないのでこれで勘弁して)。入浴料500円+タオル200円+バスタオル200円で計900円でした。手ぶらでこれるのなら安いのではないでしょうか。運よく「掃除した後+客は他にいない」という好条件だったので快適に温泉を楽しみました。バスマンのし過ぎで肘よりも腰の方が痛いので、そこにスゥゥ…と効いてこれは…ありがたい…。あとは旅館の人と少しお話したところ、雪見をするなら冬の肘折は最高だとおっしゃってました。本当に最高でした。肘折温泉ええなぁ…また来よう、そして旅館の雰囲気もいいので次来た時はここに泊まろう。

 

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風呂上がりに商店で「肘折カルデラサイダー」なるものを購入して待合所で飲んで優勝!ここで温泉の炭酸水を用いたサイダーらしいですね。ここの温泉につかり風呂上りはここの温泉産のサイダーで〆る、素晴らしい。

 

あとは帰りのバスで帰宅、もう少し時間をかけてこの土地を堪能したいと思いましたが今回は叶わず。肘折再履修、バスとかは抜きにいつか絶対にしようと思います。

 

Fin