自己分析

はじめに(必読)

友人とこの内容で書くと約束してしまったので書くしかない。この項目は陰気な自分語りが書いてあるだけのページです。暗い気分は伝染しますので以下文章は見ないことをお勧めします。どうしても見たい、怖いもの見たさ、君の指示には従いたくはない、と考える方は先に進んでください。そうでない人は五段階時間をあげるので退避してください。

 

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引き続きご覧ください

 

概要

基本的なベースは「自分に自信がない」ということですね。そこから派生して「劣等感を自ら欲する」ことが柱にある模様です。ここでは第章、第二章一部、第二章二部、第三章、第四章に分けて書いていこうと思います

 

第一章 自分に自信がない

「自分に自信がない」とはどういうことか。これは高校時代に次第に形成されたものですね。中学の頃は人並みに自信がありましたし、いじめられたりすることもありませんでした。運動が下手くそでしたが柔道部の人間だったこともあり邪険な扱いをされることもありませんでした。友人もそこそこいました。おかしくなったのは高校からです。

 

第一に「自分が誹謗中書されたと妄想した」ことです。

全く知らない中学出身の人間に「空耳で」私を中傷された気がしました。こんなのは今まででもよくありましたしここだけ考えればそこまで大きいことではない。しかし、高校1年4月、早く交友関係を作って孤立を防ごうと躍起になる自分にとってはとてもダメ ージの大きい出来ことなのでした。「何でそんなこと言われなあかんのや?」と憤慨しそいつのことを徹底的に嫌いました。今でも見かけるとダム湖に突き落としたくなりますね。その裏で自尊心が削られ始めます。
 
第二に「成績低下」です。このころ成績が芳しくなくいい点数が取れなく中流にいました。中学や高校1年は上流にいたのに…。英語が駄目だったんですね。成績がいいことが一種の誇りだったのです。それが崩れてこころの支えを1つ失いました。
 
第三に「自分が誹謗中書されたのを聞いた」ことです。三年のとき女子から陰口を叩かれました。この女のことは私も嫌いでしたが、嫌いな女とはいえ直に陰口を聞くと案外やられます。実は、女子からよく見られることはあっても悪く見られることはほぼなかったもので、相当心にキタみたいです。なお、その女子は卒業の時にわざわざ私のところにきて私の人生観への理解を示していきましたとさ。彼女からすれば最初は変に達観しすぎた私の人生観が気に入らなかったのでしょう。
 
これ以外にもいろいろなことが重なり自信を失い、鎧で心を覆うようになります。このことそのものは何の問題もありません。思春期の人間多かれ少なかれ誰でも経験します。問題なのは普通の人間は中学卒業までに経験すべきなのを高校の後半でやってしまった ことなのです。
 
最後のとどめは「大学不合格で浪人」ということです。目指した大学が間違っていたんです。たかが数学得意というだけでいい気になって受験してやられました。はっきり言います、浪人するくらいなら現役で入れる大学に行くことの方が遥かにましです。後期試験で某大学の経済学部は合格してましたが、気の迷いで浪人しました。それが誤りだったのです。行けるところに行く、蒔かれた場所で花を咲かせる。それが人間一番幸せなのです。

 

第二章一部 劣等感を自ら欲する

浪人して仙台のアーケードをとぼとぼ歩く中で楽しそうに話しながら歩く大学生たち、それと引き換え自分は…。この劣等感が自分を襲います。しかもこのころはストレスでの過食でBMIが30位はあったんじゃないかなぁ。「自分は容姿もあれで浪人生として社会のつまはじき者として生きる無様な人間」だと考えるようになり一層自信を無くしコンプレックスの塊みたいな人間になりました。

 

最後の心の支えはが「大学合格」だけだったのです。幸いにして行きたいと考える大学には入ることができました。運がよかったんです。センター試験の製作者が僕を大学へいざなったと言ってもいいくらいです。そこに自分の努力の成果などなかったと言ってもいいくらいに。そう、1年間浪人して合格できたのは「問題と周りのおかげ」という事実の前に余計に自分の無力感を感じました。 入れたのはうれしい、でもそれは自分の力ではなく「多くの人(主に親)の助けと運を借りた」に過ぎない。このころから考え方の主従が反転しはじめます。
 
入学してからもそんな感じだった。ことごとくやる気が起きない。無力感にやられるだけの…ただ進学できないと困るから何とかする。その繰り返しだった。このころから致命的に目的と手段が入れ替わり始めます。「自分が劣っている理由を探し始めるのです」 余りにも長く劣等感の海に浸っていたから、そこから抜け出すと逆に不安になるんです。「人から見下されたくない」と思うと同時に「他人から見下されている方が一種の安心感を感じる」という二面性、アンビヴァレンスを持ち合わせるようになる。「周りはイケメンで、彼女持ちで、頭がよろしくて、趣味も充実しているのに自分はこのざま、生きてる価値あるの?」パーツを見つけてきてこの文章に加えていきます。徹底的に自分を追いつめ始めます。現にそのとおりだなぁと思います。
 
こんなもの考えてる人間が人付き合いできるとは考えられませんよね。だってほかの人と対面するたび嫌になるようだったら引きこもりになるに決まってます。ただ、大学の授業には出ないといけない…授業は面白い、外に出るのは苦痛だ。そんなのの繰り返しでした(だから通勤にもなんとか喜びを見出そうとしているうちに750系統に出会います…ここからバス沼に嵌るのは別の機会に)。それでも劣等感を感じてないと不安になることはやめられなかった。ここからさらにおかしくなります。

 

※脱線するが、ここで疑問が出てくる。こんな状況で今交流できる人がいるのはどうしてなのか…答えは簡単で、自分がこんなんどうしようにもない人間だというのを見せてもいいかなと、素直な自分で接してもいいかなぁと感じることができる人々がいるからです。ここに自分が今後救われるヒントがある気がします(要は鎧が自分の生きるのを邪魔しているだけなんです)。

 

第二章二部 自分ができることはほかの人でもできる


劣等感を感じるのとほぼ同等なのですが、このときは「でも自分にはこれができるから誇れるものはある」と考えて自我を守ることは何とか出来たのです。しかしそれも壊れ始めます。四年の就活です。私はひいひい言いながらギリギリで内定は取ることができました…。こんなにも辛いことはなかったです。もう嫌です。ある意味「内定」すらも心の支えだったのでしょう。

 

「自分なりに努力はした、頑張ったはずだ…しかし世の中の大学生は当たり前のように内定を取っている…そんななかで…。」こんなこと繰り返し考 えているうちに「自分ができることはほかの人でもできること」「代替はできる」「自分である必要はない」とあらゆるものについて考えるようになり、致命的に支えを失いました。加えて今まで自分の功績は所詮は自分の力ではなく周りの人の助けを借りて何とか得たものであるということをはっきり自覚してからはそれが加速した。端的に言えばアイデンティティが発散したんですね。

 

第三章 逃げ道がない


就活等々の疲れでタバコまでやるようになりました。心の支えがなくてタバコにそれを求めたんですね。案の定ド嵌りして、最後にはタール42mgのガラム缶に手を出して常習してました。今はタバコはやめました。酒がまずくなるのが嫌だったからです。止めれたのは良かったとは思います。しかしそもそも吸わなければ…と考えると再び劣等感にさいなまれます。どうしようにもないですね。

 

逃げ道がないとは、タバコ吸っても酒を飲んでも自分に対する冷静な判断能力を失うことができないということです。酒を飲んだ私と話したことがある人はわかると思いますが、酒を飲んでも強力なタバコを吸っても酒乱のようにならないのです。それだけ理性なるものが残っているからです。

 

嗜好品に強い肝臓というのも問題なのです。逃げることが重要なのにそれすらも手軽にできない。いつも現実が付きまとう…だからと言って酩酊するまでは呑みたくない、お酒に失礼だ!結局逃げ道は睡眠しかないが、人間無尽蔵に寝られるものでもない。だからと言って自分を許すこともできない。おそらく業務に支障が出るレベルも疾患だと思います。さらに楽しいことをやったり考えていてもどこか心の奥底で自分に対する劣等感、現状への絶望、それを変えようとしない自分への他人からの嘲笑が頭をよぎるのです。よくうつ病にならないなぁと自分でも感心します。

 

第四章 影響・最後の希望

これらの考え方は自分だけの中で完結するものではない。確実に自分の行動様式に影響を及ぼします。まず、自分を積極的に伝えようという意識が霞みます。当たり前です、無力で無気力かつ劣っている自分自身を他人に伝えることに何の意義も感じないからです。業務連絡や情報交換ならできるが、普通の会話ができない。理由はともかくこういう若者は現に多いと思う。飲み会で何気ない会話もたわいもない会話ができなく、やっぱり俺って病気なんだなぁ…って感じてます。いっぱい話せる人がうらやましい、何気ない会話の糸口を見つけることができる人間がうらやましい。どうやっても自分がその境地にたどり着けないのだから。

 

つぎに、生きる気力を失い保守的になります。こういう人間は別に死にたいとは考えないんですよ。だって自分で勝手につらくなってるだけなので無意識の層では自滅を願うようなことはしないのですから。人間死のうと思って死ねません。防衛本能がありますから。死ぬということは無意識のレベルで解放されたいと懇願した時に限るのです。だから「死にたくないらか生きるけど積極的に生きたいとは思わない」という受動的な生を選びます。そうすると挑戦的なことなんてしなくなるんですね。だから余計に精神がめいる、悪循環なんです。

 

上記二つがまた劣等感を増幅させる、そして…この悪循環が始まる…。どうしようにもない…。今後私は社会に出ていかないといけない。こんな状況で会社という組織でやっていけるとは思えない。社会不適合者の自分としてはこのまま没することができればいかに楽であろうか…。残念ながら親を悲しませたくないという最後の良心があるのでしばらくはそれはできない。せめて最後まで一般人の姿を親に見せ続けていたい。それが私の最後の支えなのであろうから…。

 

ほんと、救えない人間だ。客観的に分析するに自分はここまで悲しい人間なのだと実感した…。仮説だが自分のこの考えをすべて受け入れてくれるような「ユイ」に出会ってしまったらば、死に物狂いで惚れて手段を選ばない人間になりそうである。たとえすべてを敵に回そうとも。「ゲンドウ」の生き方はある意味で僕の理想なのかもしれない。そもそも論としてユイに出会えないからその生き方は僕には無理だがね。

 

Fin

 

市バス四択問題 その1

市バス四択問題 その1

今日は大学入試前期日程だから、こちらも市バス四択問題を5個くらい作って放流してみようと思うね。

 

第1問 以下四つの中で中型運用が「ない」のはどれ?

2.東仙台(営)発二の森経由仙台駅前行
3.長町(営)発東中田五丁目・袋原中経由四郎丸行
4.長町(営)発三桜高校経由仙台駅前行

 

第2問 以下四つの中で「存在しない」ものはどれ?

1.白沢車庫発西サイド経由定義行
2.白沢車庫発宇治沢経由定義行
3.白沢車庫発大倉ダム堰堤経由定義行
4.白沢車庫発作並温泉

 

第3問 以下四つの中で南町通りを「経由しない」ものはどれ?

1.X817系統
2.X840系統
3.866系統
4.該当なし

 

第4問 以下四つの中で乗り場(降車専用含まず)が4つなものはどれ?

2.県庁市役所前
3.折立
4.交通公園・三居沢水力発電所前 
 

第5問 以下四つの中で「存在しない」ものはどれ?

1.七北田持ちの中山経由西中山行
2.川内持ちの白沢車庫行
3.実沢持ちの国見ケ丘一丁目行
4.東仙台の鶴ケ谷四丁目中経由

 

各ジャンル一問ずつ計5問、答えはそのうちアップするかもしれません。

 

手錠

手錠

部屋を掃除してたら手錠が出てきたんです。

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これは網走の刑務所のお土産コーナーで購入した対象年齢10歳くらいの玩具です。買ったはいいものの特に使い道がない挙句鍵を無くしたので開錠するのにはひと手間かかる。

 

もともとは鍵がなくても簡単に開けられるようにレバーがあったのですが、これじゃ手錠の意味ないだろとペンチで切断しました。あと鎖も元は5つだったのですが、それだと簡単に外せてしまうので詰めたんですね。

 

そこまで改造した手錠がなぜ押し入れに葬られてしまったのかというと「セルフ監禁事件」というものがあったからです。ある日風呂上りに急にルパン三世ごっこしたくなったので、ベッドに寝っ転がりながら腕を後ろにして改造済みの手錠を自分でかけた。そしたら鍵を付近においてたと思ったら別の部屋におきっぱだったのですね。このとき自分の部屋のドアは荷物があり自力では開けられない状況。

 

開錠できず起き上がれなくなり部屋の外に這うこともできない。この状態で3時間位セルフ放置プレイして遊んでました。開錠しようとあらゆる手段を講じつつすべて失敗しながら。3時間くらいしたら親が帰宅してきたので「たすけてー手錠が外れない―」大声で助けを呼んで事なきを得ました。たーのしー。

 

 

仙台では、市営バスがあなたを撮影する! その1

仙台では、市営バスがあなたを撮影する! その1

昨日酔っ払ってこんなツイートを投稿した。 

 なにを言う早見優って感じですね。しかし書いてしまったからには書くしかない。まずは「全体の理論の要約文」「考察するうえでの前提と論理展開の基本方針の確認」「類似点の検証」「理論の統合」の手順で書いていく。読むのメンドクサイと感じる人は太字だけ読めば言いたいことが分かるようになってます。
 
前提1 そもそもバスはソシャゲではない!
  
当たり前東前田(15系統)って感じです。そもそも収益をあげる主は誰かという基本的な問題にぶち当たる。ソシャゲは慈善事業ではなく収益ありきであるものである。市営バスの撮影にDAUだの課金率だのARPPUだのが関わるわけがない。乗るのでしたら話は変わりますけど、今回は撮影のおはなしなのでやっぱり交通局にお金は入りません。
 
前提2 だが、バス撮影はソシャゲに近い性質がある!
 
主にガチャを想像していただければわかりやすい。撮影してその写真群で自分だけのバスライブラリーを作る、ソシャゲでいうとこの図鑑なるものを埋めることに相当します。ここがうまくいかないから発狂してるんでね。致命的に違うところはソシャゲでいうとこの「運営」というものが存在しない、なのでバス撮影はソーシャルではないパーソナルに近いんです。今後は「パーソゲ」と称しましょう。
 
前提3 バス撮影とソシャゲの類似点を検証を試みる!
  
バス撮影がパーソゲであると雖も、それが有する性質はソシャゲと多くの類似点がある。バス撮影しているときの気分とソシャゲしているときの心持が似ているんですね。その感覚を検証しはっきりさせるのが今回のテーマです。検証する前提の提言が終わりました。次回は「類似点の検証」をしていきます。
 
 
 
 
P.S.グラーフツェッペリンというキャラクターが艦これにいるんですけど、見た目がとても好みなんですね、BQB(ボンキュッボン)なのです。BMB(ビーマイベイベー)ではないです。こんな感じの彼女ほしいです。特に手に入れるための努力をしてないので無理ですね(努力しても手に入るわけないですしw)。因みにCOMPLEXの曲は『1990』もお勧めです。
 
そんなのは実は論点に関係はない。最初の方で「全体の理論の要約文」を書く的な流れなのに全く書いてないだろと言われそうですが、当たり前です。書けるわけないんです。提言しておいてなんだが今から本論を書くんですから。そう、卒論などにおいて「はじめに」を「初めに」書こうとするとつっかかってやる気なくします。卒論で挫折する大学生が多いのはこのためです。なので文章を書きたい人は「はじめに」は「最後に」書きましょう。

私が100円パッ区の草案を作りました その3

私が100円パッ区の草案を作りました その3

少し酔いがさめてさっきの投稿を見るに言いたいことのほとんどを語ることなく訳の分からないことを語って2000文字を消費していたみたいだ。今回は本当に語りたいことを語りますよ。

 

さきのこれ、

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浮かび上がる文字の解析が前世解析・前世道の基本です。詳しくは前の記事を見てね。あぁ横隔膜の異常挙動が収まらない…吃逆が止まらないということですね。というかまたクソドロか沈めたろかぁああん?ということで沈めました、僅かばかりのストレス解消法です。ストレス解消法でストレス貯めてその中でストレス解消とか俺は前世でどんな業を背負ってしまったのだと問いたい。たぶん極悪人だったのでしょう。なるほどですね。

 

ちなみに仏教は信じていないです。すなわち業という概念も信じてないです。じゃさっきの言葉は何だったのか?なんだろうねこれ…わかりまセンター東って感じです。泉パークタウンです。このことから逆算するとバス停くんは仏教徒ということになりますね、だって前世持ちということは前世というもの、前世の業を否定できないのですから。何言ってるのかわかりません鴻の巣温泉、カフェインの撮りすぎで頭おかしくなりました。頭おかしいのは元からなのでカフェインの人体に関する影響力は永遠の零です。

 

零とゼロは微妙に意味が違うんですよね。零は無に等しいレベルの小量松陵高校入口って感じなのに対して、ゼロは無を意味します。インド人はこのゼロを理解できたから数学が得意なんですね、羨ましいです。僕は足し算すら苦手な脆弱なのでその能力が欲しいです、経済学部所属とは思えないセリフですね。世の中そんなものです。自分の所属が自分の本質を示しているとは限りません。余計にアイデンティティの崩壊がKSKですね。税務署の奴らが楽するためのシステムとは特に関係ないです。

  

んな感じで、文字を炙り出して、「炙り出されたもの=前世」と称するのが前世道の基本ですが、その奥は案外浅いものではありません。さっきの画像のように全部の前世文字が解読できる場合は別に構いませんが、一部しかわからない場合はバステイを推定する技量が必要になります。つまり「知識」を使って推定することも十分考えられるわけです。以下の写真をご覧頂きたい。

 

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 これだけでは前世の見当は付きません。しかし、秋保街道に存在するのバス停の知識があれば一発でこの前世が「的場」だということがわかります。前世を解明していくためにはあらゆる路線の知識と仙台市営バスの歴史と画像解析方法を習得する必要がある。案外前世解析も簡単なものでないとお分かりいただけたでしょう。

  

「前世」なんて今まで誰も関心を寄せるものではなかったし、目についてもスルーするような産物だったと思う。現に自分も解析始める前は「使いまわしのバス停か」くらいにしか感じませんでした。そんなものです。そもそも使いまわしを解析して何の役に立つのか?市営バスの系統を撮影するのとはわけが違う、だれも関心を向けないものになぜ私が熱中したのか?

  

以下に書くことは私が前世解析を続ける所以であり本質である。すなわち、既存の型にとらわれずに自分が思うがままに自分が思いついたような工夫を施して何らかの解析結果などを残すことができた分野だからだと考えている。

 

カタッ苦しい基本なるもの(やれ串パン・やら逆光・やれ白飛び)を気にすることなく自分が思ったままに行動して何らかのものを導き出せるというのは非常に快感なのである。全裸で部屋にいながら新たなファッションを思いつくようなものである。なんか違う気がするのは気のせいです。気のせいだと思い込んでください。

 

型というのは確かに大切だか、それを神聖化すると、それに従う人間どもに苦痛を与えるだけになる。人間は何かの真似事をして学ぶ生物であるが、完全に真似することはできないからである。この理想と現実のギャップに苦しみ自我を崩壊させそうになるのが人間です、僕みたいな人は特にそうです、目と目が合う瞬間に爆死するんです。意味不明ですね。

 

そんな感じです。誰かからの押し付け、空想の人格からの押し付県庁市役所がない分野を開拓しHATTENNさせるのは楽しいものなのです。この気分伝わればうれしい。眠いのでそろそろ終わらせましょうか。自分が朝正気に戻った時に「なんて意味不明な文章を書いているのだ」と困惑するのか・・・酔っていると変な文章しか書けないがしらふだと文書そのものが買えない…どうしよう。では。

 

私が100円パッ区の草案を作りました その1

私が100円パッ区の草案を作りました その1

「温故知新」という言葉をご存知であろうか?昔の事をたずね求め(=温)て、そこから新しい知識・見解を導くことって意味らしいです。たずねてだったりあたためてだったり読み方は多数あるらしいですが、意味はそんなところです。

 

世間一般ではバレンタインデーらしいです、俗にいう女子が男子に対して手作りor既製品のカカオの精製物質を押し付けるイベントらしいです。無論私は本日外出してないので1個ももらっていません。義理すら親からすらももらえませんでした。悲しいですね。悲しいので「お願いダーリン」でも聞きながらチョコレート代わりにジンでも呑みましょうね。チョコは飲み物なのかと言われたら返答に困るが、食べ物なんて飲み物みたいなもんだし誤差だよ。

 

微小なアルコール入りのチョコレートを食べてキャラクターの性格が豹変する設定の物語ってありますよね。あれって本当にアルコール入ってるんでしょうかねぇ…食べてもアルコールの風味すら感じません。ケツに突っ込んでもアル中にはならなそうです。人間はアルコールの口径摂取に対する耐性はありますが、ケツからのアルコール摂取の耐性は0に等しいです。間違っても飲み会の罰ゲームとかでやってはいけません。まぁセット番号119番J708系統急行交通局大学病院前行に乗ってみたい方は引き止めません。どうぞ途中停留所及び信号無停車の快感を味わってくださいませ、後で感想聞かせてね!

 

チョコなら年がら年中募集していますのでくれる方がいらっしゃったらよろしくです。出来ればスピリタス入りのチョコだと嬉しいですね。1日の食費が100円位なのでチョコは有り難い栄養分なのです。僕の1日は仙台駅から北四番丁までの移動手段分のエネルギーしかないんです。代わりに軽油1Lでも呑めば仙台駅から虹の丘団地入口まで行けそうですが果たしとどうでしょうか?急行交通局大学病院行のバスに乗る前にトマッコマイ発地獄行のフェリぃ~に乗ることになりそうなんでやめておきます。あの爺さんときたらわざわざ見送ってくれたらうれしいです。

 

今日は僕がよくやっている「前世解析」についてほんの少しばっかり語ろうかと思います。おめぇS6128との馴れ初めを書くって前回言っただろという声が聞こえそうですが聞こえないふりします。作業用BGMの音量が大きいから仕方ないね。

 

「前世解析」っていうのは端的に「停留所プレートの使いわましの痕跡の研究」です。バス停のプレートをよく見るとたまーに白い文字で書かれた停留所名の下に、ビギニの日焼け痕のような感じで別の文字が読み取れるやつがあります、夏のお嬢さんって感じですね、ネタが古いですね。これこそまさに温故知新です。次の写真を見ていただきたい。

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「袋原三丁目」という文字の下に「泉パークタウン車庫入口」の文字が見えますね。この下にある文字を解析して炙り出すことを前世解析とか前世道とか言っています。前世はいいぞ。この画像に「わたしの現世の名は「袋原三丁目」 そして前世の名は、「泉パークタウン車庫入口」」という今から見れば恥ずかしいことこの上ない文書を付けてアップしたのがすべての始まりです。

 

カードキャプターさくらに出てくるさくらちゃんかわいいですよね、ロリってしてるしけなげでいいですよね、レリーズ!とかいうシーンがかわいいです。カメラに接続するレリーズとは違う模様です。この作品に柊沢エリオルってキャラが出てくるんですけど、そのキャラのセリフに「わたしの現世の名は柊沢エリオル そして前世の名は、クロウリード」ってセリフがあります。コレを元ネタにもじったのが上の文章なんですね。

 

因みに、ですがカードキャプターさくらの漫画は全巻初版でカード付きでもっています。ブックオフの少女漫画コーナーを散策するモタク、想像するだけで悍ましいです。いい思い出です。あの頃は若すぎた新杉田です、この言い回し気に入ってるんですね。最初に生み出した人に許可得ないで使っているので罪悪感に満ちています。全くかかわりない人に使用許可申請する勇気もないので、罪の意識にまみれて生きていくことにします。

 

基本的に自分はブログ1記事を2000文字以内にするという謎の縛りを入れています。余りに文字が多いと読みにくいからですね。サイゼリアであまりに肉の分量が多いハンバーク出てきたらどこから食べればいいのかわからなくなるのと同じです、真ん中から食えばいいのですけどね。ステーキに関してはステーキ宮の方が美味しい、ちょっとお値段が張るけど美味しいもの食べたいならお金は必要犠牲なのです。この話題4回前くらいにもしたような気がします…。

 

まぁまたハズレだ。自分艦これとかいうソシャゲやっているんですが、今イベント中なんです。欲しいキャラが永遠に出ずに欲しくもないキャラが出るから腹立つことこの上ない。スクフェスだと自分の押し出ないキャラがでても、新たな良さを発見してそれのキャラも好きになるということがあるんですが、このゲームはそんなもんありません、はずれ引けば「またかよ」としか思いません。もし新規で何かソシャゲをやりたいと思っている方はスクフェスをお勧めします。まきchangはいいぞ。といってもスクフェスは指がもはや動かないしIpadくんの画面に竜の鱗みたいなひびが入ってできなくなったのでいまや完全エアプです。歳をとるとは悲しいことです、人間は歳には勝てないのです。せめて西には勝てるようににはなりたいですね、西勝山って感じです。何を書いてるのかわからなくなってきた。

 

なんか話が脱線しすぎた気が…そうだ前世解析について書こうと思っていたんだった。と言ってもこの時点で2000文字オーバーしているので、一旦切って次の項目にします。

今日の夕食はハンバーグでした

今日の夕食はハンバーグでした

「はじめに」でセット番号の法則を書こうと言っていたのに二回目でさっぱり書いていないという事実に気づいたので今回はそれについて書こうと思います。ちなみに、親にブログ見つかってしまったのでついでに感想を聞いたところ「支離滅裂」というありがたい感想をいただきました。何ででしょうかねぇ…。

 

セット番号の法則っていっても実はそんなに大したものはないんですよ。実は最初に紹介した上りが「XXX」ならその下りの系統は「XXX+1」となるってのが一番強力な法則なんですね。それだとこの時点で書くことが終わってしまう。水増しのために何か書く必要がある。

 

今日コンビニでグミとクーリッシュのバニラを購入したら金額が334円だったのです。あと一円少なければゾロ目だったのにとちょっとがっかりしました。決して嬉しい気分になったりはしてないですよ。嘘ですどこからともなくチーンという音が聞こえてきました。幻聴が聞こえてくるとは相当病が進行していますね。ということでお酒飲んで治療しちゃいます。

 

因みにセット番号で334で導くことができる系統はたぶん存在しません。333は800系統なのでS801系統がもし存在していたらセット番号334と結びついたかもしれませんね。801系統って響きだけでヤバそうなものを感じますね。気のせいです。もにわひらにそういう知識は備わってないです。誰かC++あたりを使って僕に教えてくれる人を募集してます。ハローワークの求人募集のところから応募してね。

 

 風呂入ってきて再度ウォッカ煽りながら執筆の続き。ENDOチェーンの中にあるおっぺしゃんというラーメン屋に行ったときに、二次元のかわいい子ちゃんの看板があったんですが、乳がでか杉の崎公会堂前って感じだってんですよ。でかすぎるって言ってるのに中型乗入れ運用という微妙な言い回新寺二丁目って感じですね。どうせならリエッセくらいの方が好みなんですよね、南光台コミュニティくらいの大きさがいいのですね。

 

南光台循環のセット番号は4桁です。通常系統で4桁のセット番号なのは現在この系統くらいです、たぶん。基本的にセット番号は3桁で、迂回系統はそれに4桁目に番号を添える形です。4桁目は添えるだけなんですね。なんでそんなことを一般人たる君が知っているのかと聞かれると答えに困る、困るほどの事はない。単に降車するときに自然と目に入ったのを覚えていただけです。記憶力があるならまともな文章をかけと言われそうですね、無理ですね。わたくしのDDR-SDRAM(一時記憶メモリの事)のチップは30年ほど前にすでに焼き切れています。焦げ臭いです。

 

なぜ、迂回系統などに魅かれるのであろうか?それは「一種の束縛からの解放」を味わうことができるからであろう。一般的に運行管理者が自分の管轄の営業所所属のバスが運行指示通り運行しているかを監視するシステムが存在する。仙台市営バスにも存在している。入札仕様書を見れば一目瞭然である。探してみてね。

  

バスは運行指示通りのルートを、決められた時間に(早発しないようにといった方がより正解に近いか?)通過することが求められている。利用客はこれによって安心して時刻表を信用することができるわけである。しかし、迂回系統設定時はそこ管理下から解放される。西道路通行止めのときの八幡町迂回のときが最も最たる例であるが、明らかにバス停の掲示の運行から外れた運行になる。「この時間に走る、このバスは、このルートを通る」という束縛からほんの少しばかり解放され、一種の非日常を味わえる。ここに良さを感じる人は多い。

 

バスが定刻通り来ることに喜びを感じる反面、同じことばかり繰り返されることの単調性への飽きを感じるというアンビバレンスを持つ。それを打ち砕くのが迂回系統なのである。定禅寺通で実沢のバスとか見たらだれでも興奮するでしょでしょ!? ホントが嘘に変わる世界で(以下略)。ある意味バスがほんの少しばかり管理下から外れ非日常を帯びる瞬間に、私たちは喜びを覚える。

 

とかいう風に適当にこじつけたけど、結局めったに出ない幕が好きなだけです。希少なものに人間は価値を見出す。S曲線が左にシフトすれば価格(価値)が上がるのである。もし、希少でないものに自分なりの価値を見出すことが得意な人間は、人間のサガを克服した超人間かもしれない。そういう人はぜひ自分に自信を持ってください。心の底から応援します。

 

次は、私の好きな車両の一つS6128の馴れ初めとか書くかもしれない。では。