私が100円パッ区の草案を作りました その3

私が100円パッ区の草案を作りました その3

少し酔いがさめてさっきの投稿を見るに言いたいことのほとんどを語ることなく訳の分からないことを語って2000文字を消費していたみたいだ。今回は本当に語りたいことを語りますよ。

 

さきのこれ、

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浮かび上がる文字の解析が前世解析・前世道の基本です。詳しくは前の記事を見てね。あぁ横隔膜の異常挙動が収まらない…吃逆が止まらないということですね。というかまたクソドロか沈めたろかぁああん?ということで沈めました、僅かばかりのストレス解消法です。ストレス解消法でストレス貯めてその中でストレス解消とか俺は前世でどんな業を背負ってしまったのだと問いたい。たぶん極悪人だったのでしょう。なるほどですね。

 

ちなみに仏教は信じていないです。すなわち業という概念も信じてないです。じゃさっきの言葉は何だったのか?なんだろうねこれ…わかりまセンター東って感じです。泉パークタウンです。このことから逆算するとバス停くんは仏教徒ということになりますね、だって前世持ちということは前世というもの、前世の業を否定できないのですから。何言ってるのかわかりません鴻の巣温泉、カフェインの撮りすぎで頭おかしくなりました。頭おかしいのは元からなのでカフェインの人体に関する影響力は永遠の零です。

 

零とゼロは微妙に意味が違うんですよね。零は無に等しいレベルの小量松陵高校入口って感じなのに対して、ゼロは無を意味します。インド人はこのゼロを理解できたから数学が得意なんですね、羨ましいです。僕は足し算すら苦手な脆弱なのでその能力が欲しいです、経済学部所属とは思えないセリフですね。世の中そんなものです。自分の所属が自分の本質を示しているとは限りません。余計にアイデンティティの崩壊がKSKですね。税務署の奴らが楽するためのシステムとは特に関係ないです。

  

んな感じで、文字を炙り出して、「炙り出されたもの=前世」と称するのが前世道の基本ですが、その奥は案外浅いものではありません。さっきの画像のように全部の前世文字が解読できる場合は別に構いませんが、一部しかわからない場合はバステイを推定する技量が必要になります。つまり「知識」を使って推定することも十分考えられるわけです。以下の写真をご覧頂きたい。

 

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 これだけでは前世の見当は付きません。しかし、秋保街道に存在するのバス停の知識があれば一発でこの前世が「的場」だということがわかります。前世を解明していくためにはあらゆる路線の知識と仙台市営バスの歴史と画像解析方法を習得する必要がある。案外前世解析も簡単なものでないとお分かりいただけたでしょう。

  

「前世」なんて今まで誰も関心を寄せるものではなかったし、目についてもスルーするような産物だったと思う。現に自分も解析始める前は「使いまわしのバス停か」くらいにしか感じませんでした。そんなものです。そもそも使いまわしを解析して何の役に立つのか?市営バスの系統を撮影するのとはわけが違う、だれも関心を向けないものになぜ私が熱中したのか?

  

以下に書くことは私が前世解析を続ける所以であり本質である。すなわち、既存の型にとらわれずに自分が思うがままに自分が思いついたような工夫を施して何らかの解析結果などを残すことができた分野だからだと考えている。

 

カタッ苦しい基本なるもの(やれ串パン・やら逆光・やれ白飛び)を気にすることなく自分が思ったままに行動して何らかのものを導き出せるというのは非常に快感なのである。全裸で部屋にいながら新たなファッションを思いつくようなものである。なんか違う気がするのは気のせいです。気のせいだと思い込んでください。

 

型というのは確かに大切だか、それを神聖化すると、それに従う人間どもに苦痛を与えるだけになる。人間は何かの真似事をして学ぶ生物であるが、完全に真似することはできないからである。この理想と現実のギャップに苦しみ自我を崩壊させそうになるのが人間です、僕みたいな人は特にそうです、目と目が合う瞬間に爆死するんです。意味不明ですね。

 

そんな感じです。誰かからの押し付け、空想の人格からの押し付県庁市役所がない分野を開拓しHATTENNさせるのは楽しいものなのです。この気分伝わればうれしい。眠いのでそろそろ終わらせましょうか。自分が朝正気に戻った時に「なんて意味不明な文章を書いているのだ」と困惑するのか・・・酔っていると変な文章しか書けないがしらふだと文書そのものが買えない…どうしよう。では。