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S6128

S6128

S6128...正確には「仙台230あ61-28」のことで、日野U-HU2MMAAです。1993年に閖上出張所に新車で配属、その後は南仙台、霞の目、東仙台…と所属を変えていきます。

 

何でか知らんが気になる…というか好きなんですねこの車。ここまで以上に執着した車は今までないし今後も登場しないでしょう。とうとうお亡くなりになられた模様なので、今まで撮影したのをまとめていこうとおもうね。文章がついてますが、めんどくさい人は画像だけ見てもらっても十分面白いと思います(むしろその方がいいと思う)。

  

私が最初に見たのは東仙台所属の時代からです。

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初めて会ったのは2015/02/02の日没迫る午後16:55。今は亡き東仙台(営)始発の70系統の割り当たった時でした。ここで当時はふそう信者であった私はヒノノヨロコビを知ることになります。この系統は空気輸送系統なのでR4とR45と卸町ぶっ飛ばして狐塚に向かいます。このときの快走感とエンジン音の良さに衝撃を受けました。ただこのときは、S6128である必要はなく、単にU-HUもいいなぁくらいの認識でした。

 

次に見かけたのは所属を新寺に変えた後の事でした。

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薄暗い朝焼けの中、南高屋敷方面から颯爽と登場してきました。このS303系統は朝の6時台岡田車庫発というかなりのレア系統です(取材のために自家用車でここまで来ました)。このころからふそう原理主義者を脱退し始めてヒノノバスンにも傾倒し始めていたころでしたので、あたりだなぁと思いました。

 

今度は卸町会館前で撮影した時に出会いました。

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この時期はまだ授業を真面目に受けける大学生のような何かだったので、日程的に狐塚始発の東口行の系統を撮影できる最後のチャンスでした。その状況で来てくれたのがこの車で、このころから「君、要所要所で必ず僕の目の前に姿見せるよね?」とか思い始めました。

 

因みにですが、この場所でS6128に加えてS6122とS6126も撮影していました。この三台が生き残り組になり、後に白沢川内のアイドルになろうとは想像できただろうか…。

nishinomoniwahira.hatenablog.com

それに関する記事はこちらで…ぜひ!

 

話し戻して新寺所属として最後に見かけたのは、霞の目(営)で早朝撮影していた時のこと。

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このときも同じく日程的に早朝の霞の取材ができる最後の日でした。新寺からわざわざ回送してきて今は亡きJ350系統に充当していたときの写真です。「乗ってね。」の看板があるおかげで印象に残りやすかったから「またこの子か…よく会うなぁ…」と思い、このころからなんとなく気になり始めていました。

 

そして、例の大改正を迎え61代までの古参車の多くが実沢送りになりナンバーが切られました。S6128もそのうちの一台になるはずであった…しかし何の運命か、「保留車」の紙を貼られてぎゃらりぃ様ことS6157と一緒に端の方に長い間留置されていました(2016年2月頃のこと)。

 

年度明頃にぎゃらりぃ様と同じく保留車だったS6126が、運用離脱車補充のため復活します。このころから古参車が次々復活しはじめますが、S6128だけは実沢の端っこの方で沈黙を守り続けます。新寺ステッカーを背負った最後の一台として…。

 

2016年度下半期の頭頃、その沈黙がとうとう破られました。

f:id:nishi_no_moniwahira:20170325221821j:plain川内の教習専門車両として復活を果たしたとの速報が流れました。このとき「何が何でも撮影しなければならない」と誓ったのです、何でかは知りません。とにかく西口BPで4時間くらい待機して稼働している姿を見た時「やっと来てくれましたね…何もしなくてもしょっちゅう姿を見せてくれた君はどこ行ったのかね!11!!!1」なんて思いました。

 

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今は伐採されたケヤキとのツーショット。太陽に照らされるウィングマークが一際美しく心に映った。なんぼしても乗りたい…と思ったが、教習専門なのでおそらく通常運用には入るまい…そう思っていました。そしたら教習が一通り終了したとき、白沢に貸出されたと情報が入り、そしてついに…

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雪の降る1月、野上かみ帰りに西口BPをふら付いている私の目に前に突如姿を現しました。時刻的にたぶん茂庭台行だろうと予測し待機したらビンゴ!西道路快走!あの日あの時あの場所(R4・R45・卸町)で味わった快走をようやく再び味わえたのであった。

 

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猛烈に吹雪くなか、そのボディは濡れ美しさが際立っておりました。この時、「たぶんこの車のこと好きなんだろうなぁ…」って思いました(写真は許可を得て)。帰りももちろん!

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白沢に貸し出されても依然として川内ステッカーのままでした。この後も折立団地のきつそうな坂を踏ん張る姿を体全体で味わいつつ、再度西道路経由で仙台駅に戻りました。こんな感じで、まぁ白沢で最後を迎えるだろうとか思っていたら川内に戻ってしまいました…。ああぁもう乗れないのかぁ…と悲しみに暮れていたんですが…

 

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なんか普通にいました。また白沢に貸し出されたのか…と思ったが幕を見るとS825…西中山から来たらしい…。そう、本物の川内として運用入り!!こんなもん乗るしかないだろ!ということで...

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川内ツーステブルリってだけで頭おかしくなるってのに、S6128で子平町の狭路を行くとかいう大変ぶっ飛んだ運用でした。

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無論一周完乗しました。その後は回送でどっかにいってしまいました…。まぁもう会えないだろうなぁなんて思って補給がてら川内に行ったところ…

 

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なんかまたいた…。雪でできたカツラは溶けてしまい、幽かにボディを濡らしていました。「水も滴るいいブルリ」とは先人もよく言ったものです。幕も経路は違えど最初に出会った時と同じ「70系統」!

 

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そしてもっとも川内(営)らしい幕を掲げたブルリは回転場に入り川内(営)へと戻っていきました。

 

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その後もフォロワー様の目撃証言を頼りに何度か見かけることができました。まったく!似合わない幕を掲げながら走ってるなぁ!

 

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とはいえそうそう動くものではなく、川内として運用入りしたのは2回だけだったような気がします。その後はまた引きこもりになり、いつの間にかまた白沢に貸出になりました。今回はS6126が車検を通してバリバリ活躍していることもあり、その姿を見かけるのは少なかったです。

 

そんなこんなある日の夕暮れ、S9902に乗って駅前から錦ケ丘にやってきて帰宅しようと待機していると…

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流石にここで来るとは思わなかったものでたまげました…運命ってあるんだなぁっと。

 

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夕日に照らされたウィングがギラリ。ヘッドライト内で反射した光がまるでダイヤモンドの輝きのように見えました。素晴らしい。

 

それから数日後の3月冒頭、またしても現れてくれました。

f:id:nishi_no_moniwahira:20170325235450j:plainしかし、そこから1時間は全く動く気配なし…。さむいつらいのを我慢し…

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ついに川内ステッカーを掲げた車で大國に行く夢までもをS6128は叶えてくれたのです。八幡町・芋沢を出会ったころと同じように良いエンジン音を奏でながら快走してくれました。みやぎ台の坂がきつそうなのもご愛敬。

 

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 川内ステッカーが大國神社に降り立つとか今となればいたく感激です!

 

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折り返し運行ではなかったので帰ってしまいました。その後ろ姿に「本当にこれで最後かもしれないな」という気持ちを抱かずにはいられませんでした。S6128の車検ステッカーは[5]、せいぜい4月までしか持たないだろうと予感はしていました。案の定この乗車が最後の乗車になりました。

 

この後川内に戻り再び教習専門になりました。私もその姿を山形行のバスの中から一目見ることができ、その姿を目に焼き付けておきました。そして…

61代のなかでも生き延び続けたS6128もとうとう幕が抜かれてしまい実沢へと移動し留置されることになりました。要所要所で姿を見せてくれたことに感謝し、最後の別れを告げること「だけ」して、私は実沢から去りました。

 

以上です、長々書きました。なぜここまでなったのかわかりません。おそらく私のメインの生息地である「閖上・南仙台所属組」という経歴、「ウィングマークにフリーサス髭」や「乗ってね。」の看板が印象に残ったなどいろいろあるとは思うのですが、それ以上に「追っかけているうちにいろいろ思い出ができたから」ってのが一番なのかなぁなんて思います。もうここまでする車は現れないでしょう、一台の車で何枚画像あるんだって話です。乗ることも撮ることも十分できたので悔いはないです。愛しいS6128よGood Night…!

 

Fin